とにもかくにもがむしゃらに弾きたい、唄を覚えたい、唄いたい、の時期が過ぎて、最近は唄の意味を考えながら唄うことにまたちがう味わいを感じている。
沖縄のわからない言葉の意味を理解して、その唄の歌詞の意味を理解して、その唄った人の気持ちを想像しながら唄う・・・最近単調な生活をしていないので感受性もきっと鋭くなってると思う、唄に感動して泣きそうになったり、今まで淡々と唄っていた唄が、しみじみ好きになったり。
生でもっと感じられたらいいのにな、唄の生まれた場所に行きたいな、・・・その想いが日に日に強くなるのに、なかなかできない。
でもその焦がれる想いも、きっと唄に通じるのです・・・