コザへ そして夢の時間

夕方、コザのデイゴホテルへ到着。ずっとお留守で連絡のつかなかった先生のお師匠、照屋政雄先生の三線店にやっと電話がつながり、先生の奥様が「どうぞいらしてください」とのこと。もう緊張でどうにかなりそうになりながら今回の旅の目的、三線を見せていただきにおじゃまする。
 初めてお会いした先生は映画、写真、CD,HPで拝見していたお顔そのまま、やさしそうな・・・でもじっと目を見つめてお話をされる瞳の奥の何かに、つい目を伏せてしまいそうになる。奥様がこの冬出来たての黒砂糖とかりんとうのような手作りのお菓子を出してくださった。
 そして私の希望の値段に合った三線を、木ののちがいやその理由、本張りと二重張りの違い、詳しく丁寧に教えてくれて、ちょうどいいのがある、と早速その場で組み立てていただき(許可をいただいて写真を載せます)
出来たと思ったらいきなり数曲ぶっ続けで(涙そうそう、トゥバラーマ、浜千鳥、やじ先生に教えてもらったんだという「どんと」の曲、ナークニー、・・・)その三線で唄ってくださった。そして「よし、これでいい」と私の手元へ。まずこうして弾いてなじませる(?)といいのだそうだが、その音色にも先生の唄にも感激して(だってこんな目の前で観客は私とだんなと奥様だけ!)言葉がでなかった。これから私のものになる三線に先生の魂を吹き込んでくださった気がした。
 せっかくだから弾いてみなさい、と言われ「豊節」を唄うことに・・!もうその場から逃げ出したかった。なんとかつまづきながらも弾き終え、注意点を丁寧に教えてくださり、もう一度先生の唄に合わせて先生の指を見ながら教えていただく。
「教室は週一回だろうが、週3回だろうが、そういうことを気にする奴はおかしい、練習なんて毎日自分でするものでしょう?唄ならどこでも唄えるでしょう。私は朝起きたら1、2時間はいまでも唄っているよ。いい三線は毎日使わないと破れるよ、毎日毎日かわいがってあげなさい」
途中で明日は旧正月だから新年会で弾くから、と新聞屋さんのおじぃが三線取りにきたり、生徒さんが「今夜のレッスンは遅れますから」と言いに来られたり。そろそろ夕ご飯だしおいとましようとすると「かあちゃんラクだし外に食べに行こう」とスタスタと私達の車に。 案内のまま連れてこられたお店は山羊料理の専門店。店の奥に大きな、りっぱな髭の山羊の剥製が壁に飾られていて「これは誠小先生がここにプレゼントした山羊だ」とのこと。で、生まれて初めて山羊の刺身と山羊汁の定食をいただく。
独特の風味だったけれどヨモギの葉と塩と生姜が合って、お刺身は本当においしくて・・・それ以上に先生のお話(子ども時代のことから、家族のこと、夫婦のあり方、芸のこと・・・)に時間がたつのを忘れた。唄のことでは民謡と古典の違いから、哀しい唄をどう唄うか、聞かせるか、人の生き方という大きなテーマまでもうここに書ききれないこといっぱい・・・結局夜の教室があるからそろそろ帰ってらっしゃいとの奥様(タカコ姫と呼ばれる所以まで教えていただいた)からの電話があるまでゆんたくは続き、「コンクールという目標も持ちなさい、試練もひとつ乗り越えることも大事だよ、がんばんなさい」とお言葉をいただき、お別れをした。 
一日目にして、旅の大きな目的と思いがけない時間を過ごせて、先生のお話から得るものいっぱいあって、眠れない一日を過ごしたコザの夜だった。