3人の子がいなくてゆっくりできると思ったら、来年度の年間計画表作成、名簿作成、PTAの校外委員の引継ぎ、自治会の班長の引継ぎ、「いま、お時間ありますか?」と一気に押し寄せてきた。まるで私の予定を知っているように。予定が狂ったことと、生活リズムが乱れてきて、自分のやろうとして頭に思い描いていることと実際できていることにすごい差があり気分もどーんと落ちこんできた。
なにから片づけていこうか頭が混乱してくると余計にそこから逃げ出したくなり時間が無いのがわかっていながら違う事をやろうとする。ちょうど保育園を転園する子のお母さん(ミッション系の大学で英語学を教えている)が下さった自分のことを書いたコラムの中の「すべてのことには時がある。神のなさることはすべて時にかなって美しい」という言葉に目が止まった。その方は悪いことが次々重なったことがあってそんな中でこの言葉に出会い、一見悪いタイミングに見えるすべてのことには意味があり、神様の絶妙なタイミングのなかで起きたこと、どんな状況の中にあっても全てをゆだねつつ神を信頼して歩むことの大切さを知らされた、と書いてあった。
私は信者でもないけれど、たしかにジタバタしても仕方ない時は時にゆだねるしかないとあらためて思った。そして最低の気分の時にこういう言葉が偶然にも飛び込んでくる、その言葉で救われる、これも何かただの偶然ではないような気がした。